ネフ社の積み木で育った子どもは
どんな大人になるのでしょうか
ネフ氏は子どものような笑顔で話してくれました
「本当に子どものおもちゃ?」
ネフの積み木の説明をしていると、よくそう訊かれる。
積み木は今からおよそ150年前、ドイツ人のフリードリッヒ・フレーベル*1によって原理を考案されたといわれている。彼は幼稚園システムの創始者としても有名であり、小学校に入る前の子どもを"幼児"と呼び、この時期特有の教育方法があると提唱した人物でもある。
「子どもは遊びをとおして手先を器用にしたり、社会性を身につける」という理論のもと、フレーベルが考えた積み木の原理を発展させた"フレーベル積み木"が、現在ではドイツのどの幼稚園にも置かれている。
1922年、デザイン界に一石を投じたバウハウス(*2)のグループが、曲線を使った積み木を考案しているがこれが実際に子どもの手に渡るのはずっと後のことで、ネフ社がバウハウスデザインを商品化してからのことである。
家具作りのマイスター(*3)であったクルト・ネフ氏は、1954年ネフ社を設立、当初はオリジナルデザインの家具を製造販売していた。そんな彼が、ネフスピール(*4)を考案したのが1958年。たまたま遊びで作ったこの積み木が、ネフ氏をおもちゃの世界へと引き込むきっかけになったのである。十数年のちにはピエール・クラーセン(*5)のキュービックス(*6)が、さらに四半世紀たって、私の店のスタッフ相沢康夫のヴィボ(*7)がネフ社から生み出された。
ドイツの幼稚園で一般化している「フレーベル積み木」は、600ピースほどを床に置いて遊ぶものだが、ネフ社の積み木は机の上で遊ぶものと、二つには大きな違いがある。
床で遊ぶ積み木の場合、町や村を作る『ごっこ遊び』として発展することが多く、汽車や車、人、動物などのフィギュア等を加えることで、遊びの幅を広げられる。それに対し、机の上で遊ぶ積み木は、机という決められた範囲の中で、組み替えたり積み方を変えたりしながら、形の面白さを楽しむもので、集中して遊ぶことで心を落ち着かせることもできるというわけだ。
今年2月、私はそのネフ社を訪ねスイスに行った。私の店「百町森」が25周年を迎えるにあたり、特別記念バージョンのダイアモンド(*8)をネフ社に依頼していて、その色を決めるためである。
バーゼルからルツェルン行きの電車に40分程乗ると、ツォーフィンゲンという町に着く。ここに、昨年秋ツァイニンゲンから引っ越してきた新しいネフ社があった。
クルト・ネフ氏ご本人が迎えてくれた。4年前にも、私はネフ氏のご自宅におじゃましたことがあり、久しぶりの再会を喜んだ。ネフ氏は当年78歳、近頃は"医者の世話になることも"というが、おもちゃの話ともなれば、とても想像できないほどの元気さであった。
その時期、 ドイツのニュルンベルクおもちゃメッセ(*9)が開催されることもあって、ネフ社のほとんどのスタッフは出かけていていなかったのだが、工場長のベノ・フェルバー氏が待っていてくれた。
色は、相沢康夫とデザインしたクラーセン氏とが相談のうえ、すでに決めていた。一番小さい五つのパーツは白、ほかは全部黒である。白は真っ白、そして、黒は限りなく黒に近いグレーでいこうということになっていたのだが、どの位の暗さにするかが難しかった。現行のダイアモンド・モノクログラデーションの一番黒い部分と同じ色でどうかと、フェルバー氏は提案してきたが、その時私は"まったくの直感"で、もっと黒に近い方がいいと思った。その旨を伝えるとフェルバー氏は、その場で色見本帳を広げたのだ。そして、今すぐプロトタイプ(試作)を作るから少し待っていろという。工場ならではの話だ。
プロトタイプが出来る間、ネフ社の商品が一同に並ぶギャラリーや工場を見せてもらうことができた。また新社屋には、以前ネフ氏のご自宅にあった歴代のネフ社商品や、秘蔵コレクションも運び込まれていて、ネフ社50年の歴史が一同に集められ、まるで『ネフ美術館』といってもいいほど圧巻だった。残念ながら一般には公開されていないそうだ。
そうこうしている間に、プロトタイプが完成した。百町森オリジナル『ダイアモンド記念バージョン』である。クラーセン氏には恐縮だが、この時ばかりは、どのダイヤモンドよりも美しく見えてしまった。
私はネフ社の積み木は、子どもだけでなく、大人も興味をそそられるデザインだと思っている。しかし、ネフ社の積み木は、正真正銘『子どものおもちゃ』なのだ。
大人にはもったいない、クラーセン氏はネフ社の積み木をこう言ったとか。つまり、子どもの「もの」だからこそ、大人にも充分満足のいく作りになっているということなのだろう。クラーセン氏のデザインはあくまでも子どもに向けられたものなのだ。
ネフ社には、さまざまなデザイナーからおもちゃのデザインが持ち込まれるのだが、「オリジナリティ」「安全性」「創造性」「芸術性」「多様な遊びができるかどうか」といったいくつかの基準をクリアしているかを最初に検討するそうだ。
大人が手にしても楽しめるというのは、とりわけこの「芸術性」によるものだろうが、それ以前に、技術や意識にも大きな努力を注ぐ姿勢が、誕生から50年たつ今も、私たちを惹きつけるのかもしれない。
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