「ネフスピール」小論
2005年10月 相沢康夫
『ネフスピール』について、ジックリ考えてみたいと思います。生まれは1957年です(私より2歳若いですね)。木製玩具メーカー、ネフ社の創設のきっかけを作った積み木で、5cmの立方体に、リボン型のカットを施しただけのシンプルとも言える作品です。シンプルと言えるのは、今だから、なのですが・・・。『ネフスピール』を振り出しに、ネフ社は次々に斬新な、幾何学形体の積み木を発表し続けてきました。クラーセン氏の『キュービックス』やフォス氏の『アゴン』、ブリューダリン氏の『ツェタ』等々・・・。どれも、かつてない画期的な積み木ばかりです。それらの積み木たちと比較して初めて、『ネフスピール』はシンプルだな・・・と思える訳です。なにしろ生まれたのは約半世紀前ですから、それを考えると、当時はさぞや個性的だったにちがいない、と思うのです。異端だったかもしれません。作者クルト・ネフ氏は、「子ども向きの、良いおもちゃが、世の中にあまり無かったので、自分で作る事にした」という主旨の発言をしています。
さて、ネフ社は、おもちゃメーカーでありながら、子どもばかりでなく、大人のファンも多く持つメーカーです。大人、特にデザイン志向、または数学好きの方達からの評価が高いデザイナーは、ダントツでピエール・クラーセン氏だろうと思います。『キュービックス』『セラ』『アングーラ』『ダイアモンド』という定番を4点もデザインし、そのどれもが、大人が遊んでも面白い作品ばかりです。大人に評価されるという事は、そのまま、作品としてのレベルが高いと言えるのかもしれません。が、ひとたび【おもちゃ】という概念を導入して、ネフ社の作品群を見渡してみると、最も光輝いている作品が、『ネフスピール』ではないかと、私は思うのです。もちろん私自身、ネフ社にハマるきっかけは、『キュービックス』との出会いでしたから、長い間『キュービックス』こそ至高だと思い続けてきました。それは今後も変わる事はないだろう・・・と思いつつも、純粋におもちゃとしての『ネフスピール』のすごさを忘れてはならない・・・と思うのです。まぁ白状すると、長い間『ネフスピール』の真価に気付かずにきた、という反省が根底にあるのですが・・・。
『ネフスピール』がすごい、という事を、最初に私に教えてくれたのは、子ども達でした。私自身の3人の子ども達、そして、仕事で出会う保育園や幼稚園の子ども達です。とにかく、ものすごくよく遊ぶのです。特に園では、『ダイアモンド』や『アゴン』が保育室にあっても、子ども達が真っ先に手に取る積み木が『ネフスピール』でした。一番長時間遊び続けられるのも、対象年齢の幅が最も広いのも『ネフスピール』です。つまり、子どもが選ぶベスト1の積み木なのです。イタリアのボローニャという町で、毎年、絵本賞が選ばれます。絵本の専門家が選ぶ「絵本大賞」の他に、子ども達が審査員を務める「エルバ賞」という賞もあります。『ネフスピール』は、おもちゃのエルバ賞だな・・・と、私は勝手に思っているのです。
さて、子ども達に教えられた『ネフスピール』のすごさですが、私もおもちゃ作家のはしくれとして、そこで完結するのではなく、まぁ多少の分析なり、考察なりをしなくては・・・と思います。そこで、子ども達に、どうしてこんなに愛されるのかという理由について、ちょっと考えてみました。
●理由その1 シンプルだから
前回の「クルト・ネフ作品序論」でも書きましたね。シンプルという事は、それだけ奥が深いとも言えます。つまり遊び手が、主体的になればなるほど、変幻自在に形を変える事ができるのです。以前、一つの『ネフスピール』の上に、もう一つの『ネフスピール』を乗せる、その乗せ方が何種類位あるか?というテーマで、多数の方の意見を募った事があります。素人目にも、明らかに違うと判断できる乗せ方は、約30種類もあるという結論がでました。(拙著『まだ好き・・・続・絵本とおもちゃの日々』、95〜103ページをご参照ください)やはり奥が深い訳です。シンプルであるという事は、使い勝手がいいという事でもあります。私自身の経験で言えば、「積み木おじさんライブショー」で、最後に、複数の積み木を組み合わせて大作を作る事がよくあるのですが、この時最も活躍するのが、他でもない『ネフスピール』なのです。いかようにも使えて、かつ、他のどの積み木とも喧嘩しないのです。使い勝手が良いんですね。
●理由その2 見立てができるから
『ネフスピール』の一つ一つのパーツの形は、一見して、リボンや蝶々に似ています。物を何かに見立てる、というのは、子どもの遊びの第一歩だと思います。具体的な何かの形に似ているというのは、親しみやすさを生み、結果、手に取りやすいのではないでしょうか?
●理由その3 でしゃばらないから
ちょっぴりムズカシイ表現になってしまいました。最近、私が痛切に感じるのは、『ネフスピール』はネフさんそのもだ、という事なんですね。最近の私の『ネフスピール』の印象は、でしゃばらない、いばらない積み木なのです。オレがオレがと主張しない、とも言えます。そして、この印象は、そっくりそのまま、クルト・ネフ氏への、私が抱く印象なんですね。ネフ社創設者という、木製玩具界最大の重鎮なのに、どうしてネフさんは、こんなにえらそうじゃないんだろう? 人を気遣い、目下の私にさえ、時に感謝の気持ちを表して下さるネフさん。そんなネフさんが『ネフスピール』に重なる今日この頃なのです。
(コプタ通信2005年11月号より 相沢康夫)
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