13 シネアーツの頃

樋口さんに出会ってからというもの、ニキティキのおもちゃを扱いたいという思いは日増しに高まり、私は当時近くのマンションの一階でニキティキのおもちゃをすでに販売していたお店のご主人にその旨を話しに行きました。すると、最初は「3年待ってくれ。」ということだったのですが、それから1年もしないうちに、気を変え、店ごと引き継いでくれないかと言われました。そのために私は一大決心をし、また多額の借金をしました。マンション自体を買うことは到底出来ませんでしたが、物件も見ずにマンションを買う人が現れ(世の中にはお金持ちがいるものです!)、私はその新しいオーナーに家賃を払う形で、その店を引き継ぐことになりました。「本屋」と「おもちゃ屋&喫茶」という形で2店舗になったわけです。

その店は30坪で喫茶のコーナーがありました。しかし、実際やってみると、喫茶の経営というのも難しいものです。しかも、最初は少し離れた場所で2店舗平行してやっていたので、家賃も重くのしかかってきて、もう息も絶え絶えという状況でした。

こんな苦しい状況でしたが、樋口正春さんが企画するドイツの幼稚園見学ツアーに参加し、ドイツの幼稚園にはたくさんおもちゃが置いてあることを知り、おもちゃを売ることに益々燃えていました。そして、日本の保育を変えたいという思いにとりつかれていました。もちろん、これは生意気な思い上がりです。

25年前、子供の本屋を始めた時もそうでしたが、一見温厚に見える私の中にはこういう思い上がりの血が沸き立っていて私を前進させていました。良く言うと志がある、悪く言えば無鉄砲と言うのでしょう。とにかく樋口さんの話を保育者や親に聞いてもらいたい、自分が感動したことを皆にも伝えたい、と躍起になっていました。それを続ければ、おもちゃの売り上げは後からついてくると、私は確信するところがあったからです。

でも、現実は厳しい。家賃分の売上をなんとかしなければ、ともやもや考えていた時、近くに「シネアーツ」という名画しか置かない小さなビデオレンタル屋さんがあり、その人も家賃に困っているという事で、百町森の中の一部のスペースを使って営業をするということに話しがまとまりました。これは本当に名案でした。お互い家賃が少し助かり、お互い異業種から学び、お互いお客さんを呼びあい、お店に活気が出てきました。この頃、私はたくさん映画を観たものです。シネアーツをやっていた方はその後、サールナートホールの中の「シネギャラリー」の支配人になりました。

(コプタ通信2005年05月号より)

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