6月23日は「沖縄慰霊の日」。
1945年のこの日(6月22日という説もあります)、日本軍の牛島司令官が自決したことで、組織的戦闘が終結しました。しかし、最終命令で、最後まで戦え、と命じたばかりに、その後も多くの軍人・住民が犠牲になったのです。岩波ジュニア新書「ひめゆりの沖縄戦」から関連部分を引用します(文中の太字は佐々木)。
住民戦没者はなぜ多いか 村上有慶
四月上旬から五月下旬までの主力攻防戦こそが沖縄戦でした。日本軍の主力部隊の70パーセントは、この攻防戦で死んだり傷ついたりしました。(中略)5月28日、第32軍は首里の司令部を撤退し、南部の摩文仁(まぶに)へと司令部をうつしました。この時点で、軍隊どうしの戦争の勝負はついていました。