ドイツの旅99(佐々木)

1999/02/02●ザイフェン訪問(ドレスデン〜ザイフェン〜ドレスデン泊)

いよいよ、父親のヴァルターさんの工房へ。おもちゃ博物館の裏手にあり、大きな看板(HISTORICHE BERGPARADEN Walter Werner kunsthandwerk)が立っている。雪の積もった庭を登ると、ヴァルターさん、ジークフリートさんが出迎えてくれる。彼の長女のミャーヤン(Mirjam)ちゃん(9歳)も来てくれて、相沢氏はおみやげの絵本「おふろやさん」(福音館書店)を彼女に渡す。「おもしろい?」と聞くとこっくりとうなづく。はにかんだような笑顔が可愛い。大勢のはだかの人達が集う銭湯を彼女はどう思ったのだろうか?聞いてみたい気がする。まずは絵付けをしている部屋を見せていただく。地下に降りていく鉱夫をモチーフにしたもので、実に巧みな絵付け。表情もきりりとしていて威厳を感じる。

次に木工加工の部屋を案内してもらう。さっき見たろくろの機械とは全く違う、比較的新しい木工機械が並んでいる。日本で良く見かけるようなごく普通の糸のこや丸のこ昇降盤、デジタル式の位置決め装置や細かい材料を連続的に投入する装置などがある。工場で使うような新型の木工機械が小さな部屋にびっしりと並んでいるのは、私がザイフェンに持っていたイメージを完全にくつがえすもので、しかも父親のヴァルターさんのところにあることに少しびっくりしてしまった。しかし、考えて見れば、ザイフェンの村もろくろ加工や電気を取り入れることによって生産性を上げてきた歴史があるのだから、新しい技術を取り入れることに積極的であってもおかしくはない。ここではろくろは使わずに、板を糸のこで荒削りしたものをカービングしている。ろくろの技術が生まれる前はこうしていたとのこと。材料はBuche(ブナ)やLinde(菩醍樹)で、ろくろにかけられるほどの大きな径の材料が取れなくなってきていることも関係しているようだ。次の部屋では、ヴァルターさん自らナイフを握ってカービングを見せてくださる。一方相沢氏は、ミャーヤンちゃんにお土産にあげたコマの回し方を手取り足取り教えて、あぶねーオヤジモードに入っている。ヴァルターさんの奥さんも出てきてくれて、ジークフリートさんも一緒になってコマで遊んでいる。ヴァルターさんはその脇で一心不乱に馬を削る。先ほどの工房で見た女性の技術もなかなかのものだったが、ヴァルターさんはそれをはるかに超えて、生き生きとした馬を生み出した。ものすごい技術・技である。何よりもカービングが命だと痛感する。思わずその削り出したばかりの馬が欲しくなる。しかし、それを言い出す前に、無情にもヴェルナーさんは、次の部屋へとずんずん行ってしまうのであった。

館長さんとの約束の2時近くになったので相沢氏が待ち合わせの場所へ。次に案内された事務所を兼ねたショールームには、彼等の作った鉱夫のパレードや楽隊などの作品が、ガラスのショーケースの中に並べられている。炭鉱内部の様子を時代ごとに表現したジオラマは圧巻。もう一つの部屋は、もっと圧巻で、ザクセン地方の歴代君主の行列(ドレスデンにあるレジデンツ城外壁の長さ101mの壁画と同じもの)がそのままミニチュアの人形になっている。露木さんのリクエストで、その中で彼女が気に入った2人の写真を撮る。また、鉱夫達のパレードが飾ってある横の壁には、ヴァルターさん自身が村のお祭り(?)で仮装してパレードしている写真が飾ってあり、そのことを尋ねると、パレードの人形の一つを指差して「この鉱夫が私のやった役だ」と(たぶん)言った。ぱっと見ただけでは同じように見えるだけの鉱夫のパレードも、一人一人が違う格好をしていて、それぞれの役割を担っていることに気付く。炭鉱の村として栄えた歴史を持つ小さな村では、伝統的な鉱夫のパレードが今も行われ、その様子がおもちゃの人形にもなっている。歴史とお祭りとおもちゃとが渾然一体となり、現実とファンタジーの境目があいまいになってしまった気がする。彼等は自分達の歴史や文化を受け継ぎ、それを大切にしながらおもちゃを作っている。これは、そんじょそこらのおもちゃとは全然違うぞ。これまで、ザイフェンなりヴェルナー一家のおもちゃに特別な想い入れを持っていなかった私にとって、ろくろの技を見たことも興味深かったが、なによりもこの工房で見せてもらった炭鉱のジオラマや君主の行進、鉱夫のパレードとヴァルターさんのパレードの写真が圧倒的な重みで私の中に飛び込んできた。作り手に会ったり、作るところを見ることは、そのものの魅力や思い入れを肌で感じるためにも大切なことだと思っているが、ここでの体験はそれ以上に大きな背後にある歴史や伝統の深さを感じる貴重なものであった。

約束の2時を回ってしまったので、もっと長くいたい気持ちを振り切って、急いでお別れをして待ち合わせのおもちゃ博物館へ。相沢氏も館長さんもいない。しばらくして相沢氏登場。もうしばらくして、館長さん登場。約束の時間に我々がいなかったので、別の場所を探しに行っていたとのこと。ごめんなさい。普通車に6人乗って村外れの野外博物館へ。

ここは、ザイフェン村の人々の暮らしの歴史を当時の家を再現して展示している。もともとここに建っていた家もあれば、別の場所から移築したものや、資料を元に新たに建てたものもある。雪の降る中を館長さんに案内してもらいながら、各家を見学する。どの家にも、その当時の家具や生活道具、食器やおもちゃがさりげなく置いてあり、当時の暮らしぶりがうかがえる。最も古い家は1760年頃のもので、壁も薄く厳しい暮らしをしていたようだ。水車でろくろを回している小屋もあり、ろくろ加工の実演が行われていた。夏は川の水を利用するが、川の水が凍る冬の間は電気を使ってろくろを回している。ザイフェン村は1912年から電気を使い始めた。燃料はもちろん彼等が掘ってくる炭である。昔の木馬や、積み木の箱、おもちゃづくりの仕事場、地下の食料貯蔵庫などを見ていると、当時の人々が質素にそしてまじめに(彼等は敬虔なクリスチャンなのだ)暮らしていたことがよくわかる。玄関のホールにブリキの大きなタライがあって、それは金曜日の夜にお湯を入れてお風呂にしたのだという。館長さんに「こんなところに住んでみたい」と半分冗談で言うと、彼は「夏ならいいけどね」と答えた。そう冬は寒いのだ。

館長さんにミューラーさんの店まで送ってもらい、お礼を言って別れる。ザイフェンの人通りの多い場所では、自らの作品だけでなく他の工房の作品も置いて販売している店がある。ミューラーさんの店もそのひとつで、静かで落ち着いた店内に、ザイフェンの代表的なおもちゃが並んでいる。入ってすぐのショーウインドーには、先ほど見学したヴァルター・ヴェルナーさんのおもちゃのコーナーもあり、質の高いおもちゃが選ばれていることがわかる。ここで、しばらくおみやげを買いながら、タクシーのお迎えを待つことにする。私は、ザイフェンの教会と聖歌隊のミニチュアセットと指で回す小さなメリーゴーランドを購入した(今にして思えばヴァルターさんのものを買っておけば良かったのだが、まだ旅行2日目で財布のヒモが堅かった)。

帰りのタクシーの中で、ザイフェンは日本で言うところの益子だろうか?という話になる。昔ながらの伝統産業が生き続け、村の多くの人々がその産業に従事している。もちろん、その産業は技術と伝統に支えられて、国内だけでなく世界にも通用する、そんな町や村は日本にあるのだろうか?たぶん益子もそうではないだろう。日本にはそんな場所はないような気がする。ザイフェンが今もこんな村でいられるのは、東西統合からまだ10年も経っていないという面もあると思う。この先、若い人達が誇りを持って、木のおもちゃを作り続けてくれるよう、売ることで応援するのが我々の仕事なのだと痛感した。

ドレスデンに戻ったのは6時ごろ。オペラを見に行こうかという話も出たが、チケットを売っているらしいホテルの名前(ウーパールーパー??)もよくわからないし、これから着替えてまたでかけるのも面倒なのであっさりあきらめる。たぶん、あまりに内容の濃い一日で、もう息抜きしたかったのだと思う。ホテルに戻ると、露木さんと川島さんは隣のお店へ買い物にでかけ、男3人は部屋に戻って休息をとる。女性達が戻ってから夕食をとりにでかける。ホテルのある通りはプラジャー通りといって、比較的新しい店の多い繁華街。お目当てのRathaus(市役所)地下の店(味はともかく日本語メニューがある)は閉まっていたので、ホテルの方向へ戻りながら店を探すことにする。途中でイトーヨーカドーのようなショッピングモールがあったので、入ってみる。閉店時間が近いので、食事はあきらめておもちゃ売り場をのぞく。かなり広いフロアで、レゴなどの普通のおもちゃが目に付く。しかし、それでも抱き人形のコーナーは充実していて、人形用ベビーカーの品揃えも豊富。三輪車のコーナーには、おなじみプッキーも置いてあり、私の好きなスクーターもあった。ゲーム関係がかなり充実しており、面白かったが、残念ながら積み木は置いてなかった(石でできたアンカー積み木はあったけど)。息子へのみやげにトッピィくんの小さなパネルパズルを買う。

ショッピングモールを出て、再びホテルに向かう。途中で「緑茶」と日本語で書かれた看板が出ていたので、見に行くとお茶の専門店であった。飛行機の中で出たgreen tea なるものに辟易していた我々(静岡人なのだ)は、「この店ならきっとうまい緑茶を売っているに違いない」と確信するが、あいにくもう閉店である。結局、夕食は軽くしようということで、ファーストフード(?)っぽい明るく小さな店に入る。メニューを見て始めてトルコ料理であることが初めてわかるが、ドイツ語ゆえに何が書いてあるのかさっぱりわからなくてお手上げ状態。相沢氏がカウンターに灰皿をもらいに行ったついでに、他のテーブルの人が食べているものを見てきて「あれにしよう」と言い出す。大きなサンドイッチのようなもので、野菜がたくさんはさんである。その食べているものを指差して、「彼が食べている料理はメニューのどれか?」と尋ねるが、ウエイターは「あれはメニューには載っていない」という。よっぽど特別な高い料理かと思ったが、見た感じそうではなさそうだったので、男3人はそれで行くことに決定。女性はスープにして、露木さんはパンも食べたいといって「Brot」と注文する。ウエイターが思わず、驚いたように「Brot!?」と聞き返すが、露木さんは冷静に「そうだ」と注文。注文してから、あのウエイターのびっくりした様子はただ事ではないとみんなが言い始める。「Brotというのは、豚の丸焼きのことかもしれない」「靴のことだったりして」などといい加減なことを言って露木さんを不安がらせて遊ぶ。結局出てきたのはインド料理のナンのようなもの。我々はそれに野菜と薄切りお肉をサンドしたもの。これがうまかった。たぶん、カウンターのところで「これとこれとこれ」と言って好みの具をはさんでもらうシステムなのだろう。だから、同じものはメニューに載っていないのだ。露木さんは、はさむためのナンを単品で頼んだので多分びっくりされたのだろう。食事を終えてホテルへ戻り、1階のカフェでお茶する。明日の朝は、今日と同じように7時に朝食をとり、チェックアウトしてスーツケースを駅で預かってもらい、ドレスデン観光をすることにする。部屋に戻ると洗濯ものが乾いていて感激。シャワーを浴びて眠る。

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