ドイツ・インコグニト社のカード

ミヒャエル・ゾーヴァのカードを出しているドイツ・インコグニト社から出ている吉田さんのカードです。吉田さんご自身に、文章を書いていただきました。

インコグニト・カードとのこと

今を去ることはや11年、1999年の春、憧れのイタリア・ボローニャ国際絵本原画展に詩絵本「Never Girls」(架空社刊)の原画が入選し、4月に現地ボローニャでの児童図書展(チルドレンズ・ブックフェア)に初めて出かけていったときのことです。

日本人の入選者も5名きりで、現地で姿を見ることが少なかったころで、右も左も分からず、原画の展示されているところにひとまず行ってみて、それから世界中から来て出展している出版社のブースの中では真っ先に、ドイツの edition INKOGNITO に行きました。それは、当時まだそう広く知られず情報もない未知の憧れの画家、ミヒャエル・ゾーヴァの作品集「ゾーヴァの箱船」の原書の版元だったからで、他にはなにも知りませんでした。

はたして、ゾーヴァさんの絵のカードが、ずらり、とたくさんカードスタンドに入って並んでいました。思わず「ゾーヴァが好きで、ここに来ました」と言って、貰ったばかりのイタリア版のボローニャ展の図録をひろげ、「入選しているので作品を見てください」と言いました。シルクスクリーンによる入選作の予備の作品と、そのシリーズをA3のクリアファイルに入れたものを、その場で見てくださり、リアルな描写のゾーヴァさんとは全く違うシンプルなスタイルなのにもかかわらず、「ワンダフル!」と言って、その場で、「カードの仕事をしましょう、日本人とは初めてだよ。最初は、クリスマスのカードがいい。」と言ってくださったのは、edition INKOGNITO のディレクターであり、社長の、ミヒャエル・エッターさんでした。

のちのちに、彼がゾーヴァさんの大親友であり、ゾーヴァさんのためにこのカードの会社を作ったと知るのですが、このときの私は、好きな絵描きのゾーヴァさんに近づきたい、もっと知りたい、という熱烈なファンでしかなかったのです。そして、その気持ちを良く知るかのように、エッターさんは、そこにあったゾーヴァさんのカードを、好きなだけ持っていっていいよ、と言われましたので、大喜びで、その独特の深みのある素敵なカードをそれこそ全種類、1枚ずつ抜き取り、50枚くらいもあったでしょうか、おそるおそる、こんなにいいですか? って聞いたら、エッターさんは「もっともっと、ぜ〜んぶもってけ〜!」とおどけて言いますので一緒に笑ってしまい、お返しに、入選作の絵本をプレゼントしました。

あったかい、面白い人だな〜と思って、日本に戻ってくると、もう英語版の契約書が届いていてビックリしました!海外の出版社と仕事をするなんて、夢のようでした。しかし、ドイツの人びとはどんなものを喜ぶのか、いろいろ考えてどうにかラフスケッチを10枚描いて、ファクスで送りました。うち4枚に、バツ印がついていて、ドキッとしたけれど、どうやらそれがオーケーの印でした(笑)。それらを版画の技法で仕上げて原画として送ると、やがて送られてきたサンプルは、ポストカードだけでなく、封筒つきの大判のグリーティングカードもあり、しっとりとしたとても良い印刷で幸せな気持ちになりました。

翌2000年、<ブルーノ・ムナーリに捧げられたミレニアム展>に入選した作品が、旧ボローニャ大学で展示されることになり、それでまたもやボローニャのブックフェアにも行きました。ふたたびエッターさんに会いにいくと、なんとゾーヴァさんのカードに並んで、ブースのスタンドにはわたしの絵のクリスマスカードがありました!ほんとうにインコグニト・カードの一員になっている、と感激でした。そしてエッターさんは、「今度はクリスマス以外のものも作ろう、お誕生日や、ニューイヤーや、ジョークカード(笑)とか、なんでも!」と言ってもらって次に続けることができ、すこしずつ種類が増えていきつくづく育ててもらいました。

エッターさんは目ききで、新人も起用すると思えば善し悪しの判断はきびしく、名プロデューサーでもあり、アイデアやプランもいっぱいでいつもたくさん仕事をすることを楽しんでいるようでした。<インコグニト>とは、<名を隠して>または、<おしのびで>という意味だそうですが、ちょっとシュールで笑えるアイデアのものがゾーヴァさん以外の作家にもたくさんあって、それらが世界中に広がっていくのを想像するのはとても愉快です。

日本ではゾーヴァさんの人気がどんどん高まり、展覧会が開かれるようになって、エッターさんとともに来日をされ、ついに浜松でお会いすることが出来ました。百町森さんとの出会いも、このときです。玄光社「イラストレーション」誌で、インタビュー記事も書かせてもらいました。それからもまた展覧会のあった京都や東京で彼らに会うことができ、とても幸せで、大切な思い出になっています。

吉田稔美

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